安心して産める 安心して老いる 地域作り

日本は人口減少社会に入り、ゆっくり下り坂を降りる段階に入った。これまでのように上り坂の経済をもとに、覇権をめざすようなシナリオは通用しない。超少子高齢社会は、だれもが弱者になる社会。自分だけ弱者にならないように努力するより、弱者になっても安心して生きられる社会をつくりたい。そのための支え合いのしくみをどうつくるか、ご一緒に考えたい。

講師 上野千鶴子さん プロフィール

<p>社会学者・立命館大学特別招聘教授・東京大学名誉教授・
認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長
1948年富山県生まれ 京都大学大学院社会学博士課程修了。
専門は女性学、ジェンダー研究。
この分野のパイオニアであり、指導的な理論家のひとり。高齢者の介護問題にも関わっている。
1994年『近代家族の成立と終焉』(岩波書店)で、サントリー学芸賞受賞。
2011年度、「朝日賞」受賞。受賞理由「女性学・フェミニズムとケア問題の研究と実践」(※菅野勝男撮影)</p>

社会学者・立命館大学特別招聘教授・東京大学名誉教授・ 認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長 1948年富山県生まれ 京都大学大学院社会学博士課程修了。 専門は女性学、ジェンダー研究。 この分野のパイオニアであり、指導的な理論家のひとり。高齢者の介護問題にも関わっている。 1994年『近代家族の成立と終焉』(岩波書店)で、サントリー学芸賞受賞。 2011年度、「朝日賞」受賞。受賞理由「女性学・フェミニズムとケア問題の研究と実践」(※菅野勝男撮影)

質問・回答

はじめに

お晩です。“おひとりさま”の上野でございます。こういう場所に2年も続けて呼んでいただいて、ありがたいことです。それというのも私が『おひとりさまの老後』を書いたおかげです。おかげさまで、売れました。

この本を書く前の上野を知っている方は、あまりいらっしゃらないかと思うんですが、これを書きまして“客層”が変わりました。最近は講演をすると「安心した」「ホッとした」「癒された」とおっしゃってくださるので、上野はいま、“癒しの上野”と言われております。そのうち話すことも“寂聴法話”に近くなるのではないかと思っております。 

これは女性のために書きましたので男性版はないのかと言われて書いたのが『男おひとりさま道』で、そこそこ売れました。70代男性の読者の方からお手紙を頂戴し「私は上野千鶴子を長い間、“男の敵”だと思ってきましたが、この本を読んで認識を改めました」と言っていただきました。 

その後、私も順調に加齢いたしまして周囲の訃報を聞くようになりました。それで看取りの医者に食い下がって根掘り葉掘り聞いたのが、『上野千鶴子が聞く、小笠原先生、ひとりで家で死ねますか?』です。「癌の末期でも家に居られますか?」「痛みのコントロールはできますか?」「認知症になっても大丈夫ですか?」「お金はいくらかかりますか?」といういろいろな質問を聞いて答えを得た本がこれです。お知りになりたければ――買って読んでください。

看取りは医者だけでは支えられません。看護・介護・リハビリ、いろんな方たちに支えていただけなければいけないので、いま介護業界の最前線ではイノベーションが起きています。そこで頑張っている人たちの現場をお訪ねして、体当たりでインタビューをして作った本が『ケアのカリスマたち』です。幸いに評判が良くて、プロの方たちの勉強会で読んでいただいていると聞いております。

そしてこういう取材を重ねてついに出したのが、『おひとりさまの最期』です。これでおひとりさま三部作が完結いたしました。なので、もうこれで書くことがなくなったわけです。が、ごらんのとおり上野はまだ死にそうな気がしないので、次はどうしようかということで次の本のタイトルだけが決まっております。それは『おひとりさまの死後』というもの。でも本当をいうと、死んだあとのことにはほとんど何の興味もありません。

ひとり世帯が増えている

『老後』を書いてから『最期』を書くまで約8年かかっていますが、この間に世の中もあれよあれよと変わりました。何が変わったかということですが、びっくりするのはおひとりさまが増えたということ。もともと『おひとりさまの老後』は私のような人口学的少数派で別名「負け犬おひとりさま」、別の言葉だと「戸籍のきれいなおひとりさま」というんですが、こういう生涯非婚者は私の同年齢集団でいうと人口の3%しかいない。この超少数派であるかわいそうな独り者の女のために書いた本でした。ですが気が付けば、死別・離別を含めておひとりさま軍団が続々と後続部隊でついてきました。生涯非婚者も増えています。

いま高齢者世帯の独居率は4世帯に1世帯です。すると高齢者のみの夫婦世帯は3割台。この人たちはいずれ死別します。そうすると独居世帯率は近未来に5割を超すことが判っています。あれよあれよという間に増えました。時々「あんたがあんな本を書いたおかげでみんなおひとりさまが平気になったんだ」と言う人がいますが、上野を責めないでくださいね。私が増やしたわけじゃないですから。否も応もない人口学的な変化です。

「2025年問題」とは

もう一つ、8年経つと何が変わるかというと全員8歳年をとります。私も年を取りました。いま言われているのが「2025年問題」というものです。なぜこれが問題かというと、私たち“団塊の世代”は、高齢者の最大ボリュームゾーンで、いま全員「前期高齢者」ですが、2025年には全員「後期高齢者」になります。

後期高齢者になると要介護認定率が跳ね上がり、認知症発症率が上がります。それで“大変だ”と言われています。どこで増えるかというと大都市圏で増えます。地方では人口高齢化の山はとっくに越したといわれています。これから先、地方では人口高齢化率は増えるが絶対数は減っていくので、施設の空きができる。それで施設に入りやすくなるところも出てきました。

施設というのはいったん作ったらやめられない。事業はやめられないし、職員の雇用も守らなければいけないというので、これから先、地方では“年寄狩り”が起きるだろうといわれています。恐ろしいですね。ですから施設は作ればいいっていうものではないんです。

私たちはこれまでの歴史上において未曾有の長寿社会を迎えています。で、いま人生100年時代と言われていますが、これだけ長生きするとは誰一人想定しなかったわけです。私は超高齢社会をこんなふうに言っています。「ダラダラと、いつまでも、終わらない、下り坂を、ゆっくりと、みんなで降りていく社会」。死ぬに死ねない社会です。それも日本が望んで達成した成果で、栄養水準・衛生水準・医療水準・介護水準がとても高いから長生きできるわけです。

もし長生きしたくなかったら、発展途上国に行っていただければ、寝たきりになったら褥瘡を作って感染症になってあっという間に死ねます。いまは寝たきりになっても生かしていただける社会です。寝たきりになっても安心して過ごせる社会を私たちは作らなければいけないんですが……最近こんな本が出たりして。『長生きしても報われない社会』(山岡淳一郎著)、こんな恐ろしい題名の本が出てくるようになってきました。

いつだれが社会的弱者になってもおかしくない

この超高齢社会を、私は「誰もがいずれは“中途障害者”になる社会」と言っています。中途障害の中には、身体の不自由、頭の不自由、それから心の不自由、全部あります。

この前、「相模原事件」という恐ろしい事件が起きました。障害者というのは社会的弱者です。私は「相模原事件」と同じ事件がどこの高齢者施設で起きても不思議はないと思いました。大量死だったから事件になったけれど、高齢者施設ではすでに1人とか2、3人とか殺されていますからね。しかも施設の職員さんに。

誰もがいつかは下り坂を降りて行って他人様のお世話になる、誰もが全員“中途障害者”になる社会……。そうならないでおこうと思って「認知症予防体操」とか「PPK体操」――ピンピンコロリと死ぬための体操とかあるらしいです――とか、元気にやっている方がいらっしゃいますが、そんなことをやっても無駄です。誰が認知症になるのか、いつ脳梗塞が起きるのか、予見できません。いつ何が起きるかわからないとしたら、社会的弱者になっても安心できる社会を作ればいいのです。

高齢者も社会的弱者ですが、乳幼児も社会的弱者です。女はどうかというとよくわかりませんが、子供を産んで新生児を抱えたとたんに社会的弱者に転げ落ちます。だれかの助けを得なければ1日たりとも生きてはいけない、そういうひ弱な生き物を抱え込んだ途端に女もまとめて社会的弱者に転げ落ちてしまう。そういう存在に自分がならないようにと必死になって頑張る。これがネオリベラリズム、すなわち競争に勝って生き抜こうという社会です。

日本でいま権力のピークにいるのは安倍さんという人ですが、この人だって権力の座を去れば元権力者にすぎません。権力は安倍さんについていたんじゃなくてポストについていただけですから。サッチャーさんのように、そのうち認知症にもなるかもしれません、誰がどうなるかわからない。だとしたら社会的弱者になっても安心していられたらいいわけですね。

家族頼みはもう無理

家族の支えはどうなるかというと、家族の現場もここ20年ぐらいで急速に変わりました。

この前、「高齢社会を良くする女性の会」の代表、樋口恵子さんとお会いましたら「介護力としての嫁はいまや絶滅危惧種です。そろそろ絶滅宣言を出していいかもしれません」とおっしゃっていました。家族頼みはもう無理。そんな時代が来てしまったんですね。

これまで日本のお年寄りは「家族の中で老後を迎える」というものでしたが、このシナリオがもう成り立ちません。だとしたら家族に替わるサポートがあればいい。代替ネットワークを作ればいいわけです。

お世話を受けなければならなくなったお年寄りは施設に入れようということになっていますが、そのための施設が足りない。「待機高齢者52万人」と言われていました。これはいま見かけの上で3割程度減っています。なぜかというと今年の4月から施設入居の条件が「要介護3以上」になったからです。待機数を条件厳格化で減らしたわけです。それから安倍さんは「全国で高齢者施設を50万人分作る」と言いました。50万というのはちょっとした中核都市の人口なので、収容者列島を作るのかと思いました。

私はこの数字を見るたびに、いったいどなたが待っていらっしゃるのだろうか、お年寄りご本人なんだろうか、それともご家族なんだろうかと。というのは、高齢者施設への入居決定者はほとんどご家族だからです。ご家族は「じいちゃん、ばあちゃん。悪いが出て行ってくれんか。できたら死ぬまで帰らんでくれ」――というのが施設サービスです。「施設に預けると安心」というこの安心は誰のための安心か? ご本人の安心なんだろうか、それともご家族の安心なんだろうかというと、後者というケースが非常に多いということがわかりました。

ぎりぎりまで家に居たいけれど

それでお年寄りに聞くと、「家に居たいは年寄の悲願」ということが本当によく分る。どんなに素晴らしい施設よりも、たとえあばら家でも、ゴミ屋敷でも、お年寄りはお家が好き。それはなにも家族がいるお家とは限らない。独居でもお家が好き。

お年寄りにいまどこで介護が受けたいかと訊くと「ぎりぎりまで家に居たい」というお年寄りが5割います。“ぎりぎり”とはいったいいつかというと、昏睡状態になるまで。昏睡状態になったらそのまま家に置いとけばいいんです。あと3割は「できれば家に居たいけれどきっと無理だろう。だから仕方がないから病院か施設で……」の、この“仕方がない”はなにかというと、家族に迷惑がかかるからです。

「それなら迷惑がかかる家族が同居していなければいい。最初から独居だったらいいじゃないか」と私なんかは思います。私は独居高齢者なので、真っ暗な家に一人で帰るほど清々しい気持ちはありません。私には「ここから出て行ってくれ」という人はおらん。「ここにおってもよろしいか」と許可を得なければならない相手もおらん。それだったら最初から世帯分離をしておけばよかった、というのが私の考えです。

高齢者の方にお会いすると涙なしで聞けない話を聞いてまいります。「長男に“ばあちゃん。ここは辛抱してくれ”と手をついて頼まれた。私さえ我慢すれば家族が全員丸くいくからと思ってここに入った」という施設入居のお年寄りのお話……。結局施設入居は「家族のため」なのです

4人に1人が認知症に

もう一つお世話を受けなければいけない理由は、身体の不自由だけじゃなくて、心の不自由と頭の不自由、「認知症」です。これがもうひとつの「2025年問題」といわれています。高齢者4人に1人が発症する認知症700万人時代です。4人に1人――誰がなりそうか周りを見回してみてください。私、どうも自分がなりそうな気がするんですよね。「まさかあの人が」という人がなっているので、その人が過去にどんな生活を送ってきたかという生活歴と認知症発症率との間に何かの相関関係がないだろうか、誰か調査をしてほしいと思います。これは私の直感で、エビデンスはありませんが、なぜだか「元教師」というのが多そうな気がします――わたしのことです。

私は介護において2つのハードルの高い介護があると思っています。ひとつは「看取りケア」、もう一つは「認知症ケア」です。

「認知症ケア」は、問題症状を起こさないように拘束を受けます。それから部屋の外鍵を掛けられることもあります。また認知症者のユニットの玄関だけ鍵が掛かっているということもあります。これは広義の行動抑制、広い意味の虐待です。さもなければ薬漬けによる生理的な行動抑制がおきます。

認知症者はこれから増えていきますから「成長産業」です。この「成長産業」を手ぐすね引いて待っている業界が2つあります。ひとつは精神科医の業界。もうひとつは製薬業界です。

認知症者が増えることに対して恐ろしい予測をなさった精神科医の方がいます。いま政府は「早期発見・早期治療」といっていますが、これが「早期発見・早期絶望」になる。その認知症者を精神病院と製薬業界が囲い込むという状態が起きるだろう。これを「新オレンジプラン」というんですが、このプランは”毒ミカン”であると。『そして、この国で年老いていく私たちは、ある晴れた朝、突然に精神病棟の保護室で抑制されて目覚めるのだ。』こういう収容所列島を作るのかと思うと、怖いですね。

「もう施設はいらない」――小山さんがなさったこととは

「もう施設はいらない」と施設解体に一歩を踏み出された方がおられます。新潟県長岡市の特養(こぶし園)の施設長をやっておられた小山剛さん。この方はこの本(『ケアのカリスマたち』)に登場していただいたんですが、残念ながら昨年急逝されました。

小山さんが何をなさったかといいますと、山の上の特養――なぜ山の上にあるかというと、大規模施設を造ろうと思ったら土地の安いところでなければいけないから人里離れたところに造ってしまうんですね――を10人1ユニットごとに分割して、元々お住まいだった地域にお戻ししました。お年寄りが10人暮らす程度の家なら大した施設はいりません。

地方都市には空地、空家がいっぱいある。それで地権者の方に金融機関からお金を借りてもらってちょっと大きめのお家を建ててもらう。それを丸ごと借り上げます。だから初期投資はいらないしリスクもなし。ここに10人住んでいただく。ご家族の出入りも自由。ここにステーションを置いてさらに地域にいらっしゃる在宅のお年寄りのもとに24時間365日切れ目のない特養サービスをデリバリーする、ということをなさいました。

その中に画期的なサービスがありました。「1日3食365日配食サービス」です。配食サービスは各地でやっておられますが、聞くと大体は週に2食ぐらいです。小山さん、こうおっしゃいました。「人間、週に2食で生きてけますか?」「盆も正月も腹は減るもんや」「1日3食365日の配食サービスをやらないぐらいならやらんほうがよろしい」と。長岡市は雪国で寒いところです。ですから保温付き容器でちゃんと温かい食事を運んでおられます。

「“施設はもういらない”と言って施設解体に一歩を踏み出されましたが、こういうことが他の人にできずにどうして小山さんにできたのですか?」と食い下がって聞いたら、わかったことがありました。この方は障害者福祉畑の出身でした。

障害者の方たちは過去30年間、「施設を出て地域で普通の暮らしをしよう」、「他人様のお世話を受けても自分のしたい暮らしを自分で決める」、そういう暮らしをしたいと言って「障害者自立生活運動」をやってきました。おしっこやうんこ、食事も人様の介助なしては過ごせない重度の全身性障害者の方たちがそうやって地域で暮らしておられる。それならなんで年寄りが他人様のお世話を受けなければならなくなったからといって1か所でまとめて面倒みられなければいけないのか、その理由がわからない。みんな障害者になっていく。だとしたらみんな障害を持ったまま地域で暮らせばいいじゃないか――ということを実践なさった方です。

そして小山さんは「地方ではこれから施設のたたみ方を考えなければならない時代です」ともおっしゃいました。

すでに「在宅老人ホーム」で始めていたこととは

この話をある所でしたらびっくり仰天のことがわかりました。なんと「私たち、それやっています」という事業者が現れました。「在宅老人ホーム」といって商業登録をとっておられます。家にいたまま老人ホーム並みのサービスを配達していただける。「24時間365日の生活支援フルパッケージを月額(定額)にてお届けします」というものです。「定額」というのは、特養入居費用と大体同じだけの費用で在宅で過ごしていただけるというものです。

この核にあるのは、包括契約定額制「定時巡回随時対応型短時間訪問介護」のサービスです。

それに、介護保険はいま使い勝手が悪くなっていますよね。“不適切利用”とか言って、「電球付け替えてくれんか」、「ちょっと犬の散歩をやってくれんか」というのもやってくれない。なので、その部分にはプラスアルファで、「生活支援サービス」を入れています。

あと、「1日3食365日、配食サービス付き」。これも栄養士さんがついて減塩食、糖尿食など、栄養管理を全部していただける。私はこれを聞いて本当に思いました。食はライフラインです。食生活をきちんと維持できなくなるから、在宅が持ちこたえられなくなる。“暮らし”とは何かというと、口から入れてお尻から出して清潔を保つこと。これが食事介護・排泄介護・入浴介護の三大介護。この3つを維持することさえできたら最後の最後まで家に居られるます。

もう一つ、とても面白い工夫があって、移動はステーションから基本、電動自転車で10分圏。だから緊急コールがあっても10分以内に駆けつけることができます。病院はナースステーションから数分以内に来てもらえますが地域に居ても10分以内に来てもらえるんですね。

面白いのは基本1キロ圏のお客様しか受け入れない。その範囲を超したらお断りするというルールです。これは完全に首都圏型、人口集積の大きい都市部でなら成り立つモデルです。「では、1キロ超したところはどうするの?」というと、大体1キロ圏というのはコンビニ商圏。だからコンビニ並みにステーションをきめ細やかに作っていって地域を埋め尽くす。「介護コンビニ」みたいなものですね。

そうなると何もお年寄りに1か所に集まっていただかなくても、ご自宅に居てくださったままでいいわけです。チャリンコで移動するとはうまいこと考えたものです。渋滞知らずですから。

これを事業として始められた方がおられて、なんとその事業を損保ジャパンが買い取って全国展開しようと考えています。

私は創業者の方にお会いしてきて話を聞いてきました。この話を聞いたときに、こういうことをなぜ生協さんはやらないんだろうと考えました。生協はもともと食から始まった事業でした。食からやがてサービスへと福祉系の事業にも手を出しておられますけれども、福祉事業以前にもともとは食が得意分野なんですから、生協には1日3食、365日デリバリーをして要介護の方の暮らしを支えていただけばいい。やはり食はライフラインです。しかも配達のネットワークをがっちり押さえていますだから、こういう事業こそ生協向けではないか、おやりになればいいのにと私は思うんですけれどね。

いま住宅は余っています。空き住戸は全国で13%です。ですから今さら建物を作らなくてもいい。特養なんて作ったが最後、「やめられない、止まらない、壊せない」ので、利用者で埋めなければならなくなって、どんどんそこに年寄りを送り込んでしまうということが起きます。そうなると「もっと施設を」という人たちには「ちょっと待って」と言いたくなります。

家に居たいがもはやその家では家族の介護力を期待できない、そういう独居高齢者たち。その人たちがこれから否も応もなく地域で増えてゆく。この人たちの在宅を支え切ることができれば問題ないわけです。

生活満足度、トップは独居高齢者

日本というのは年寄りが一人でいるだけで、「お寂しいでしょう」と言われます。自分で選んだ一人暮らしなら「お寂しいでしょう」は大きなお世話だと。そう思って書いた本が『おひとりさまの老後』でした。

子の方も「親を一人で置いておけない」って思う。お節介な周りが「あなたみたいな立派な子供がいて、なぜお母さんを一人で置いておくの」と責めます。

一人でいることってそんなに悪いのか? そんなに困ったものなのかと思ったら、こういう本が出ました。なんと『老後はひとり暮らしが幸せ』という題名です。これは関西在住の辻川覚(さと)志(し)という開業医のドクターが、なんとお年寄り500人を対象に調査をした結果です。ですからエビデンスがあります。さすが医者。データをもとに「お年寄りの生活満足度はおひとりさまが最も高い」ということを発見しました。

辻川さんは、同居家族が一人増えるごとに満足度がどう変わるか?を調べました。なんとわかったのは、おひとりさまの満足度が最も高く、一人増えると最低になることです。つまり2人暮らしは満足度が最低だと……いま笑った人は思い当たる節があるんですね。

この方の解釈は、2人だと間に入る緩衝材がない。夫婦というのは異文化ですから激突したり異文化摩擦が起きるんですね。これは夫婦でも親一人子一人でも同じ。ここにもう一人増えて3人になると満足度は上がる。やがて3人以上になって3世代同居になると満足度はおひとりさまとほぼ同じに並ぶ。ああそうか、3世代同居も満足度が高いんだな、ということがわかります。

この先生、さらに発見をなさいました。「お悩みポイント」というものがある。この「お悩みポイント」はみんな「人」からきます。そうするとおひとりさまは「お悩みポイント」が少ないが、同居家族が増えれば増えるほどお悩みが増えることもわかりました。3世代同居で同居家族が多いと、たとえば「息子夫婦が不和」だとか、「孫が不登校」とか、いろんな「お悩みポイント」がどんどん増えていく。そうすると満足度が同じでもお悩みで減点されて下がってしまう。お悩みが一番少なくて満足度が最も高いのが“おひとりさま”だった――という発見に到達しました。

老後の満足のための三条件

このドクターのおっしゃる「老後の満足のための三条件」。まず第一は、「住み慣れた土地や家を離れない。生活環境を変えない」というのがとっても大事。

二つ目に、「真に信頼のおける友を持つ」。これは心を打ち明けて話せる友達がいることです。沢山はいらないし、しょっちゅう合わなくてもいい。電話で話すだけでもいい。でも一人か二人はいた方がいいですよね。毎日会う人とか、いつもご飯を一緒に食べる人だからといってなにも内心を打ち明ける必要なんかない。ちゃんと使い分けしたらいいのです。

三つ目はなんといっても「家族に気を使わなくて済む自由な暮らし」。これがおひとりさまの満足の大きな要因だと。

この方の最後の結論はこれです。「満足のゆく老後の暮らしを追いかけたらなんと独居に行きついたのです」……ガーン。私はこの一言を自分の本にどれだけ書きたかったか。なのに書いてありません。なぜかというと、上野が書くと「負け犬の遠吠え」になるからです(笑)。

この方は「生活環境を変えない」ということを大変重視しておられて「もしお金があったら施設入居のために使ってはいけません」と、そこまではっきり言っておられます。「生活環境を変えない」ということのなかに「馴染んだ人間関係を離れない」ということもあります。私も老後の幸せというのは、お金で解決できることではない、「金持ちよりも人持ち」だと思います。

もう一つ「家族持ち」という言葉があるんですが、私はこの言葉を聞くと悔し紛れにこう思うんですね。「家族持ち」から家族を引き算してみてください。引き算して何にも残らない人のことを「人持ち」とは言いません。家族がいなくなったらほんとにお友達が誰もいないという寂しいお年寄りはいっぱいいます。そうなると「人持ち」になるということが大事なんだけれど、じゃあ「人持ちの人」というのはいったい何なのかということになります。

ほどほどの距離が大事

最近「地域」という言葉がキーワードになっております。「地域」というのは、英語だと「コミュニティ」というんですが、これを日本語に訳すと「共同体」。もともと、地縁・血縁のつながりです。

私は地域共同体というものはいまさら復活させたいと思っても不可能だし、望ましくもないと思います。昔のように、米櫃の米の量までわかるようなそういうプライバシーの全くない地域を、皆さん方はもう一度取り戻したいと本当に思っているのでしょうか。

札幌は大都会です。北海道というところ自体が新住民の集まりです。私はつくづく思うのですが、都会ってどういう人が作ったかというと、息が詰まるような田舎が嫌いで逃げてきた人たちの集まりじゃないですか。

また最近、「ご近所」とよく言われますが、隣近所仲良くなって物事をする必要なんて何もありません。生協さんは地域でネットワークを作ってきたとおっしゃいますが、私は前から生協組合員の人たちを見るたびに思うのですが、悪いけど皆さん方、地域から浮いている人たちでしょう? だから生協に入ったんですよね、と思っています。というのも生協に入ったとたん、地元の商店街で買い物をしなくなりますもの。地域に密着して地元で生きてきた人は生協に入れないですよ。バランスをとって生協半分、商店街で半分みたいなことをやっている人もいらっしゃるくらいです。

地縁・血縁にとりこまれないからこそ、生協が広がってきたというところがあります。だからいまさら地域と言われてもね、と思うんです。

「ご近所力」については、面白い話をいっぱい聞きます。「隣にデイがあるけれどもうちのばあさん、隣のデイにはやりとうない。送迎付きのちょっと遠いデイにやる」なんでや?というと、隣のデイにばあさんをやったら、うちのなかは筒抜けだからです。

それからボランティアさんには入ってほしいけれど、ご近所の人には来てほしくない、という気持ちもあります。当たり前です。それが人情というものです。ほどほどの距離があってプライバシーの守れる人間関係があることが前提で、助け合いはできるというのがネットワークです。これは従来型の“ご近所の助け合い”とは違います。

「選択縁」とは

そういうつながりをどう言えばいいか、実はこれを「コミュニティ」とは呼ばずに「アソシエーション」と呼んできました。生協は実は「コミュニティ」ではなく、「アソシエーション」です。共通の志のもとに集まった結社、利益集団のことです。ですから生協を「コミュニティ」というのは間違いなんですね。

「アソシエーション」はカタカナ言葉です。これを私は「選択縁」という言葉で呼んでみました。私が考えつくようなことは世間の人たちも同じように考えているようで、――地縁・血縁・社縁のほかにもうひとつ別な縁(えにし)がある――それを「知縁」と名付けた人もいます。「情縁」と名付けた人もいます。情報の「情縁」だといった人もいます。志で作った縁だから、「志縁」と呼んだた人は樋口恵子さんです。

それから「結縁」といった人が、NPO「法人葬送の自由を考える会」エンディングセンターの代表の井上治代さんです。この人は樹木葬をやっておられます。生前、縁がなかった人たちを死後、同じ墓で一緒に供養するとい死後縁です。春になって桜の季節になるとご縁のある人たちが集まって合同の供養をします。そうやって桜の木が年々大きくなっていく。趣きがあります。

こういうふうなつながりをまとめて「選択縁」と呼んでみようと。「選択縁」の定義は簡単です。加入・脱退が自由で、強制力がなく、頭のてっぺんからつま先までのプライバシーのない人間関係を要求しない。脱血縁・脱地縁・脱社縁の人間関係、のことです。ごく簡単に言うと、「嫌いなお隣とは仲ようせんかてよろしい」――当たり前やないですか。志の合った人たちとお互いに支え合いのネットワークを作っていこう。それをやってきたのが生協の皆さん方だと私は思っているんですけれどもね。

「縁」ととても似た言葉に「絆」という言葉があります。毎年今年の一字という漢字を京都の清水寺の貫首さんが筆で書くわけですが、3.11の年に選んだのが「絆」でした。「絆」という言葉を聞いた途端に嫌な感じがしたんです。この嫌な感じは何なんだろう、と思って調べてみた。語源を調べたら「絆」とは、旅籠で馬を杭に結わえておく紐のことだそうです。「そうか、絆とは縛るものだったのか!」ということがようわかった。

なので、私は「絆」よりも「縁」が好きです。なぜなら結んだりほどいたりができる。加入もできるが脱退もできる。「あちらがダメならこちらがあるさ。こちらがダメならあちらがあるさ」ということができるからです。

“女のネットワーク”に男が参入

こういう選択縁でお互い支え合いをしてきたのは圧倒的に女でした。女がやってきたから「女縁」といいます。私は関西で女のグループ300について調査、研究をしました。ないところに新たに作る集団には「この指とまれ」と一歩前に出る言いだしっぺが必要です。この人をキーパーソンといいます。いったいどんな人がなるのかと思って調べてみたらすごかった。300グループの半分までが転勤族の妻でした。彼女たちは地縁、血縁、ないないづくし。根こぎにされた女たちが必死になって作ってきたのが女縁でした。“必要は、発明の母”ですよね。

そこでジモティーのなかで、この息苦しい関係から首一つでも抜け出したいという人が客人と出会うと、――外から来る人をマレビト、もともといる人をジモティーと言います――どうなるか? 化学反応が起きます。こうやってできたものが女のネットワークだということが研究でわかりました。最近面白いのは、これまで男はこんなことをやりませんでしたし、やる必要がなかったのですが、選択縁に男性が参入してくるようになってきました。

昔、生協は「女性の社会参加」と言われていました。今から30年から40年前、生協活動が各地でどんどん成長してきた頃、「社会参加とは、生業以外の社会活動への参加をいう」という定義がありました。これを翻訳しますと、「金にならない活動への参加」ということ。金になることをやっていたら「社会活動」とよばないんです。本当にびっくりしました。となると、男がやっているのは生業への参加で、これは会社参加だが社会参加ではないんだということがよくわかりました。

定年になると、男も大好きな会社から「明日からもう来なくてもよい」といわれる日が来ます。このおじさんたちが地域でくすぶっているわけです。彼らが選択縁のネットワークに入ってくるようになってきました。レイトカマーです。

男の得意技?

ですがこのおじさんたちはなかなか「困った」が言えない、「助けて」が言えない。というので最近は「無縁社会」という言葉も登場するようになりました。支え合いをするための条件は何かというと、「困った」、「助けて」と言うことです。どうやら男にはそれができなさそうだということも判ってきたわけです。

今日私がご披露するのは、私も人間を60年以上やってきて、その間、男という異文化を観察してきた成果をご披露いたします。

男が人生の危機、たとえば妻に逃げられるとか、自分が大病をするとか、子供が問題を起こすとか、障害児が生まれるとか、そういった人生の危機を迎えた時に最初にする反応、これも研究がちゃんとあるんですが、「まさか、そんなことがオレの人生にあっていいわけがない」という現状否認です。

昨日まさかこんなことがこの世の中にあっていいわけがないということが、――トランプ大統領の当選が……起きましたね。昨日ツイートを見ていたら「夢を見ているんじゃないか」と言っている人がいっぱいいました。夢なら覚める。「これは漫画じゃないか?」漫画ならいつか終わる――こういうのが現状否認です。

次は逃避です。「見たくない、聞きたくない、考えたくない」。これでアメリカでは亡命ブームが。「カナダに移住したい」、「ニュージーランドに移住したい」という現状逃避です。

その次にもう一つ。逃避した先に、男がはまるメニューが用意してあります。酒、クスリ、ギャンブル、女。

それから最後は逆切れする。笑っておられるのは、思い当たる方が多いということでしょうか。

社会的弱者から学ぶスキル「受援力」

こういうオジサンたちも、弱者になっていきます。だとしたら弱者になったときに支え合う、そのためのスキルというものが必要です。最近そういうのが「受援力」と呼ばれるようになりました。助けてもらうためのスキルは学習できます。これを実践したのが障害者の方たちですね。

「弱さの情報公開」、これは有名な北海道の「べてるの家」の方たちが作られた標語です。この方たちがやっておられる「ソーシャル・スキル・トレーニング」というのがあります。人に何かを要求するときにシミュレーションをしてロールプレイで練習しておく。学生さんが面接に行くときだって練習してから行きますからね。

自立生活研修では、家から1歩も出たことのない障害者の方たちに、「まず、いっぺん外に出てみようよ」と。――1泊してみよう、うまくいった。じゃあ次は3泊してみよう。あ、できるじゃない。今度は1週間、じゃあ今度は自立しようよね――といって訓練する。軟着陸してもらうのがいい。何事も学習と訓練です。

この話をすると、女の人はとっくにやっているじゃないかって思います。皆さん方は、出歩く主婦ですよね。夜も平気で出歩くので“夜行性”主婦とも言います。今日の晩御飯はどうなさいました? 作ってきました? まあ、作って出てくるんです、最初はね。1泊する時は3食付作って、ちゃんと冷蔵庫に置いてくる。食べる順番と「チンして食べる」とか手順も書いて出てきます。

そのうちこれが1週間くらいの海外旅行になると、1食ワンコイン。その分だけ置いて「あとは適当にやってね」と言って出てくる。これって“慣らし保育”みたいなことしているわけでしょ。皆さん、実践しておられるわけです。

何事も学習と訓練。ちゃんと身に付けることができます。こういうことを皆さん方はやってこられたわけですね。

「自立とは依存先の分散である」熊谷君の名言

こういう弱者の方たちがお互いを支え合うための“たまり場”とか“居場所”を作ろうという動きが進んできました。

これについて今日は主としてお話したいと思うのですが、その前にひとつご紹介したいことがあります。最近、社会的弱者と言われる人たち、発達障害とか身体障害者の方たちの当事者研究があります。そのなかの脳性まひの車椅子障害者、熊谷晋一郎君という人が最近、素敵なことをおっしゃいました。「自立とは依存先の分散である」。名言です。こういう実感を伴う経験知というのは、当事者が生み出した知恵です。

彼は子供のころからの障害者です。ずっとお母さんに頼ってきました。彼は、「お母さんがいなくてはボクは生きていけない」と思ってきました。母は母で、「この子を置いて私は死ねない」と思ってきました。こういう強い相互依存関係があったなかで、「このままではボクはもう息が詰まってしまう」と、ぶっちぎりで家を出て、大学受験をして一人で下宿したんですね。そして彼は東京大学医学部初の車椅子医学生になりました。

母親一人に依存していた時には、母親という柱がぽっきり折れたら自分は生きていけないと思っていた。だけれども細い筋交いをいっぱいつけたら、そのうちの数本が折れてもあとがあるから大丈夫だと思えるようになった。いま地震工学でも大黒柱が1本ある建物よりも細い筋交いがいっぱいあるほうが耐震性が強いということも判ってきました。

だから細い筋交いを沢山ゲットしよう。それでいいじゃないか。で、大きな迷惑を一人の人にどっさりではなくて、少しの迷惑を沢山の人にかけよう。依存先を分散する。これは本当に名言だと思います。

“居場所づくり”をしてこられた人たち

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そういう人たちの細い筋かいになるようなもの、その一つが“居場所づくり”です。「コミュニティ・カフェ」という言葉で呼ばれていますが、私は、この“コミュニティ”という言葉が本当に嫌いで、しかも舌をかみそうになる。これを日本語でもっと簡単にいうと、“街の縁側”とか、“地域の茶の間”とか言います。

介護保険のデイサービスを受けるには、介護認定の要介護認定が必要です。要介護認定者はいま高齢者全体の2割です。あとの8割は認定を受けていません。となると資格がないと高齢者の今あるいろんなサービスは使えないんですね。では残りの8割の人たちは助けのいらない人たちかというと決してそんなことはありません。

この“居場所”の大きな特徴は、「資格を問わない」「理由を問わない」「口実が要らない」ただそこにいるだけ。茶の間です。茶の間ってなんでしょうか。茶を飲んでご飯を食べるところです。

一方、デイサービスに行って何をやるかというと「さあ皆さんご一緒に」って「チーチーパッパ」をしたり体操をしたりします。「さあ皆さんご一緒に」と言って歌を歌う家族なんています? 気持ち悪いですよね。茶の間っていうのはイベントなんかないところです。何もしなくていい。ただそこに居たらいいんです。

ご紹介するのは、まずは京都にある「まちの学舎(まなびや)ハルハウス」。NPOで作られて、ここでは何を出しているか? というと雑炊1品のみ。昼飯を食いに、そこにいる孤立したお年寄りから行き場のない引きこもりの若者まで、いろんな人が出てきます。このおばあちゃまは70代です。自分たちで作った仕事だったら体力と志さえあれば何歳になっても定年のない働き方ができます。

京都市は各区に自主財源を与えて、市民共同事業に助成金を出すということをやっておられます。そういう中間支援のしくみがあって、京都ではこういう“居場所”の数が増えました。そういうふうに肩を押してくれる何かの仕組みが必要ですね。

(画面・写真1枚目)これは私の地元、三鷹です。東京都が初期投資1000万を初年度だけ出して、2年目からはハシゴを外しました。潰れた居酒屋を1軒借り上げて作った「みんなの広場」です。ここで子育てカフェとか多世代型の集まりをしておられます。介護保険外だから何をやってもいいんですね。憲法の勉強会とかいろんなことをしておられます。

これをやったキーパーソンは定年退職のおじさまなんですが、この人がやった理由というのが、年寄りには「きょうよう」と「きょういく」が必要だ、つまり「今日、用がある。今日、行くところがある」で、自分が行くところを作りたいから作ったんでしょう。なので、世の為人の為の前に、私利私欲から始めた。別にそれでいいんです。結果、他人の為にもなればいいわけで。

(画面・写真2枚目)とてもユニークなところが那須にありまして「街中サロンなじみ庵」といいます。ここでは昼飯時になると、どこからともなく湧くように年寄りが集まってくる。何をやっているか?といえば、昼飯を食うだけ。

デイサービスに行こうが、コミュニティ・カフェに行こうがたいていの場合、女が圧倒的に多いですね。男が出てこない。ここは驚くなかれ、男女の比率が半々です。男が来る仕掛けを作っているんですね。何をやっているのか? 博打です。勝負事です。男の人たちは本当にパワーゲームが好きですね。男ってめんどくさい生き物で、出てくるのに口実が要るんです。ですから口実を作ってあげているんですね。だから利用者の男性比率が高いというレアなところです。

(画面・写真3枚目)こういうことをやってきたパイオニアが新潟におられます。「うちの実家」の河田珪子さんという方。家を1軒借り上げてそこを“たまり場”にしておられる。地方都市のいいところは土地付きの家1軒借り上げて、家賃が家主さんのご厚意もあって4万円と安いことです。三鷹でやろうと思ったら首都圏だから家賃が20万円。年間だと240万だから大変です。

新潟は寒いところです。でも玄関は開け放しです。だれが来てもいい。ここに年寄りも来ます。障害者も来ます。そして彼女がいうのはただ一言「うちの実家にいらっしゃいませんか?」と。

私はこのネーミングを聞いて胸を突かれました。なぜなら、私は北陸の女だからです。私の母は、気の強い姑に32年間仕えた長男の嫁でした。「実家」の反対語は「婚家」ですが、「婚家」というのは嫁にとっては“監視付き職場”です。嫁にとってはこの世の中で心から寛げる場所は「実家」だけ。だから「うちの実家にいらっしゃいませんか」というだけで、説明なしでストンと腑に落ちるんですね。

こういう方も来ておられました。自殺未遂で半身まひになって引きこもりになった娘さん。それから保育園児たちが来ます。その子供たちが大きくなると学校から鞄を持って放課後そのまま来ます。学童なんか作らなくていいんです。勉強なんて教えなくたって、ここでばあちゃんたちと一緒に過ごしていたらそれでいい。

そうやって地域の“茶の間”をやってこられた後で、10年経って解散されました。今また別なところで別な形で再開されておられますが、解散なさるとおっしゃったんで、私は仰天して「どうしたんですか? 何か不祥事があったんですか? カネに詰まったんですか?」と聞きに行きました。そうしたら「私たちが目標としたのは“困った、助けて”
と言い合える社会です。タネを蒔いてそれを育ててきました。いま新潟県全県下で“地域の茶の間”が2700事業所あります。私たちの役割は終わりました」――素晴らしい引き際でしたね。県と市がテコ入れしたということもあるんですが、そういうことをやってこられた。

河田さんにはポリシーがあります。どんなところにも馴染みができると、そこにムラ社会ができる。彼女はものすごく細やかな心配りで風通しのいい人間関係、「理由を問わない」、「資格を問わない」、「口実を問わない」空間づくりをやってきました。

ここにはルールがあります。見慣れない顔を見た時に「あんただれ?」という顔をしないこと。これはとても難しいことです。「あんただれ?」という顔をするのがムラ社会だからです。その排除の論理をここに持ち込まないということに、ものすごく細やかな神経を使っておられます。

こういう「居場所」が新潟全県下で増えていった理由のひとつは、行政の支援です。そういう中で「創業支援制度」というものがあるといいなと思います。市民の志を実現するために、「頑張ってね」という口先だけの応援をするのではなくて、“カネも手も出す”というのが「創業支援制度」です。行政がこういう支援をやっているところとやっていないところの差は大きいです。カネの切れ目が事業の切れ目になるところもあります。京都では常設型コミュニティ・カフェは公的助成なしでは持ちません。行政だけでなく、資金力のある団体が「生協」ですね。資金力と信用力のある生協というところは、創業支援をやるだけの力量もお持ちだし、やったらいいんじゃないかなと思います。

「在宅ひとり死」の条件

最近私は、「ずっと家に居る。ぎりぎりまで家に居る。ひとりでも家に居る。ある日そこで死んでいた」としても、それを「孤独死」とは呼ばれたくない――ので、をスッキリサッパリ、良くも悪くもなく「在宅ひとり死」と呼ぼうと提唱しています。この「在宅ひとり死」という言葉を使っているのは日本に私しかいないので、商標登録○CChizuko Uenoと書いてあります。ケチなことは言わないのでどんどん使って広めてほしいと思います。

「在宅ひとり死」を考えるにあたって「いちばん大切だと思うことを教えてください」という質問をずっと現場の方たちにしてきて、その人の口から答えていただくということをやってきたわけですが、その方たちが最近おっしゃる答えがここ数年で急速に変わってきました。10年前までは在宅死は「同居家族がいないと無理です」と言われたものです。

では“おひとりさま”の私には「在宅ひとり死」は無理かと思いました。ですが、ここ数年、驚くべき変化が起きました。「外野のノイズが少なければ少ないほどやりやすいです」、「独居でも大丈夫です」という答えが返ってきます。いちばん大事なことは何か?とお聞きすると、「ご本人の意思です」とおっしゃいます。「本人がどうしたいかということがいちばん大事です。ご本人がその意思をしっかり持ってくだされば、私たちはちゃんとお支えできます」。

高齢者の自立支援の中で最も大切なのは自立援助のひとつ手前、「どうしたいか」というお気持ちを支えること、これを「意思決定支援」と言います。この意思決定の邪魔立てをするのが外野のノイズですね。

もうひとつ、この同じ質問に対して、最近とっても素敵な答えをもらいました。それはある訪問看護師さんの答えですが、「自己解放できる力です」と。「えっ、なんですか? それは」とお訊きしたら、「自分を他人にゆだねる力のことです」とおっしゃいました。死の直前は無力の極みです。自分を開け放して他人にゆだねることができる、これを最近では「受援力」というようになったそうですが、そういう人だとお世話をしやすいとおっしゃいました。

安心して最後を託すことができるところ

どなたも「意思決定支援」が大事だと言われていますが、じゃその意思決定が自分でできなくなったらどうしたらいいでしょう。

高齢化すれば、自己決定ができなくなる時期も来ます。認知症になったらどうするかというと、そのときに「成年後見」というものがあります。第三者に自己決定を託ことです。でも託す相手が一人だと“善意の個人”が後で“悪意の個人”に変わるかもしれません。そういう事例がいっぱいあります。だから本当いうと、個人に託すよりも信頼のできる団体に託すほうがいいんです。

最近「NPO法人ライフデザインセンター」が「旅立ちのデザイン帳」をお出しになりました。私もこの本の中に参加しています。出たばかりの本で今回持ってきました。

この方たちは生前から死後に至るまでお金の管理のみならず身上看護も含めてその方の最末期、たとえ認知症でも、たとえおひとりさまでも、支え抜こうというサポート業務をやっておられます。ここは長野が拠点ですが、私が自分の命とお金を預けてもいいと思える信頼できる数少ないNPOのひとつですが、その信用力がどこから来るのかというと、ここの創設者の中に地元の神宮寺さんというお寺の和尚さんが入っているんです。すごいですね、寺の信用力っていうのは。引導を渡してもらえるし。寺は何で信用があるかといえば、夜逃げができないからです。

こういう後見制度も、生協さんが、おやりになるといいですね。だって生協ブランドは信用力があるでしょう? 

私がすごくショックを受けたのが雪印というブランドです。不祥事起こして、ブランドそのものがなくなりましたね。雪印は乳業組合という協同組合だったんですね。安全、安心が売りだったはずの食品業で、洗浄しないパイプを使ってとうとうブランドを潰すところまで追い詰められました。その後、メグミルクというわけのわからない名前に変わりました。私は雪印が不祥事を起こした時、「えっ、協同組合だったの? 協同組合ってそんなことをやらないはずじゃなかったの?」と思いました。協同組合も最近は利益のために不祥事を起こすようになりましたが。

もともと聖教は、皆さん方が「安心・安全」のためにお金を出し合ってお互いを支え合おう、ということで作られたものですし、生協にはこれまで積み上げてきた社会的信頼があります。それを「食」からはじめて「福祉」にまで拡大してきました。生の最後まで支える、あるいは死後までも支える安心と安全のブランドというのは、生協さんがやるにふさわしい事業だと思います。

“引きこもったまま”という選択肢も

最近ちょっと面白いことがありまして、東大に「ジェロントロジー」(老年学・加齢学)の機構があるんですが、そこの大学院生さんたちを巻き込んで研究報告が行われました。若者たちが“お題”をもらいました。「孤立した引きこもり高齢者を、どうやってひっぱりだすか?」彼らはその調査に乗り出しました。その調査結果をプレゼンテーションする機会に、私がコメンティエーターとして呼ばれたんですが、その報告が、とっても面白かったのです。若者たちはこう言ったんです。「引きこもっている年寄りを無理に引っ張り出さなくていいんじゃないですか?」と。――与えられた問いをひっくり返す、すごい発想の転換です。

これは彼らの実感だと思いました。本当は自分だって引きこもっていたい。なんで無理に人と交わらなければならないのか。引きこもり高齢者のライフラインがコンビニです。この人たちが寝たきりになっても配食サービスがあれば、この人たちは引きこもったまま年老いて、引きこもったまま死んで、ある日発見してもらえる。24時間以内に発見してもらえれば「孤独死」にはなりません。

そうか、引きこもりが好きな人は引きこもったまま年老いて、引きこもったまま安心して家で死ねれば、それでいいじゃないか、という考え方もある。つまりそういうメニューや選択肢が増えればいいんです。引きこもったままでも安心して老いられる。あるいは出ていきたいところがあれば、そこにいつでも迎え入れてくれる場所がある。その両方があればいい。

今後も改悪が予想される介護保険

私は「在宅ひとり死」ができるように、介護保険を“おひとりさま仕様”にしてほしいと思います。なぜかというと、介護保険はもともと家族介護の負担軽減しか考えていない制度だからです。年寄がひとりで生きていけるようにはなっていない。カネがないからサービスが提供できないという、そういう状態です。

この話をどうして最後にしたいかというと、来年の春、介護保険の3年に1回の見直し、6年に1回の報酬改訂期が来ます。もはや官邸主導で既定の路線のごとく進められているのが介護保険の“改悪”です。介護保険は16年間、改悪に次ぐ改悪でどんどん悪くなってきました。すでに介護保険から要支援が外されました。そのうち要介護度が軽度の1、2外し、これが始まります。それから生活援助外しが起きます。これはほぼ官邸主導で行われている改悪です。

これをどうするかというのは皆さん方次第です。自分の老後の「安心・安全」を作るかどうかというのは、政治が決めることです。政治というのは人災ですから。「トランプ大統領になって、アメリカはどうなるんでしょうねえ」という人に、私はこう言っています。「アメリカの心配している場合やないやろ。日本はとっくにそうなってる。安倍は日本のトランプや」というてます。トランプは直ちにオバマケアを廃止するでしょう。

日本でも介護保険という制度は今さらなくせないが、どんどん使えなくしていく。これを「制度の風洞化」と言います。どうするんですか、皆さん方。どうするんですか、北海道民。――と、言いたくなります。

ということで自分の老後の安心・安全を作るのも壊すのも皆さん方次第、とお伝えして終わりたいと思います。ご清聴ありがとうございます。


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