第4回 牛舎の記憶(宇野牧場)

道北・天塩町。利尻富士を望む絶好のロケーションに、第10回農業賞で奨励賞を受賞した宇野牧場はあります。

一面に広がる牧草地を見渡せば、草を食んだり、寝そべったり、思い思いにくつろぐ牛たちの姿が。いかにも北海道らしい眺めではありますが、実はこんな風景が見られるようになったのもここ十数年のこと。

変わらないために変わり続ける。宇野牧場のサイドストーリーをご紹介します。

取材・文/長谷川圭介
撮影/細野美智恵

酪農を変えたい。

日本では毎年約4%の酪農家が離農を余儀なくされています。
戸数にして年間約700戸、1日に2軒が廃業するペースです。
背景にあるのは高齢化や担い手不足。「きつい」「休めない」「先行き不安」、酪農をめぐるこうしたイメージが後継者の事業継承を阻んでいるのでしょう。

宇野牧場の3代目・宇野剛司さんも就農前は酪農に後ろ向きでした。
365日休みなく働く父を見て育つうちに、家業を継ぐという使命感の一方で、継ぐことへのためらいも日に日に大きくなっていきました。けれども大学時代にニュージーランドの放牧酪農を学び、酪農に対する見方が変わります。所得も休みも十分にあって、なおかつ周囲からステータスの高い職業とみられている南半球の酪農家たちの姿に、宇野さんは希望を見出しました。

従来の完全舎飼い(牛を牛舎内で飼育する方法)からニュージーランド式の放牧酪農へ。宇野さんのチャレンジが始まります。

<p>総面積160haの広大な敷地で100頭あまりの牛を飼育する宇野剛司さん</p>

総面積160haの広大な敷地で100頭あまりの牛を飼育する宇野剛司さん

  • 敷地内にカフェを併設。宇野牧場の製品とともに雄大な景色が楽しめます 敷地内にカフェを併設。宇野牧場の製品とともに雄大な景色が楽しめます
  • 新鮮な生乳で作るスイーツ「トロケッテ・ウーノ」は宇野牧場の看板商品 新鮮な生乳で作るスイーツ「トロケッテ・ウーノ」は宇野牧場の看板商品

<p>体育館ほどの大きさもあるドーム型新牛舎。おしゃれなロゴが目を引きます</p>

体育館ほどの大きさもあるドーム型新牛舎。おしゃれなロゴが目を引きます

牛舎の中で。

宇野さんは就農から15年の間にさまざまなことを変えました。
牧草地に使用していた化学肥料をやめ、牛に与えていた穀物飼料をやめ、牛の発情を促すホルモン剤や薬の使用をやめました。

酪農の世界で「常識」とされてきたことに抗い続ける姿は、慣行酪農の否定、あるいは父のやり方に対する挑戦のようにも映ります。

実際のところ、宇野さんを取材しながら自分も途中まではそのように受け止めていました。
けれどもそれはあまりにも底の浅い、単純な解釈でしかなかったことに取材終盤になって気がつきます。

それは、搾乳の様子を撮影させてもらったときでした。

<p>午後4時、もうすぐ搾乳の時間。「牛を追うので待っていてください」と言って宇野さんは放牧場の中へと消えました</p>

午後4時、もうすぐ搾乳の時間。「牛を追うので待っていてください」と言って宇野さんは放牧場の中へと消えました

<p>「オーレ、オーレ」。宇野さんのかけ声に追い立てられるように牛たちが牛舎をめざします</p>

「オーレ、オーレ」。宇野さんのかけ声に追い立てられるように牛たちが牛舎をめざします

<p>牛舎までもうすぐのところで渋滞が発生。宇野さんは最後の1頭が牛舎に入るまで見届けていました</p>

牛舎までもうすぐのところで渋滞が発生。宇野さんは最後の1頭が牛舎に入るまで見届けていました

牛たちが搾乳のために入っていったのは、先ほどの写真にあった巨大ドームの真新しい牛舎ではなく、腰折れ屋根の古びた牛舎でした。

おしゃれな佇まいのカフェや洗練された商品のイメージからは、正直にいうと180度反対側にある年季の入った建物でした。

<p>こちらがその牛舎。カフェのある母屋の奥にひっそりと佇んでいました(筆者撮影)</p>

こちらがその牛舎。カフェのある母屋の奥にひっそりと佇んでいました(筆者撮影)

牛舎の中におじゃますると、仄明かりの中、「首かせ」でつながれた50頭もの牛たちが静かに搾乳の順番を待っていました。
宇野さんはスタッフと手分けしながら、一頭一頭のおなかの下にしゃがみ込み、4つの乳頭を丁寧に拭いて搾乳器を装着していきます。

<p>先ほどまでのクールな宇野さんとは一転。額に汗がにじみます</p>

先ほどまでのクールな宇野さんとは一転。額に汗がにじみます

搾乳作業は朝5時半からと午後4時半からの2回行われます。1回にかかる時間は2名体制で1時間半。これを365日、毎日繰り返します。

先代から受け継がれてきた古い牛舎でのこの作業こそが、宇野牧場の基盤となって生産を支えてきました。この光景に立ち会えたこと、こうした苦労を目の当たりにできたことは、私たち取材班にとってとても幸運なことでした。

というのも取材後、巨大ドームの新牛舎に新しいパーラー(搾乳室)が完成し、古い牛舎で搾乳作業を見ることはもうできなくなったからです。

受け継ぐとは、変えること。

新牛舎内に導入されたのはアブレスト式と呼ばれる一頭ごとの出入りが可能なパーラーで、従来のように牛をつなぐ必要がないそう。自動離脱機能を備え、牛乳が出なくなったら自動的に機械が外れます。これにより1時間半の作業が1時間で終わるようになったと宇野さんは導入成果を語ります。

こうやって15年かけて一つひとつを変えてきたんだと改めて気づかされました。考えれば当たり前の話、一足飛びで古いやり方から新しいやり方にチェンジしたわけではありません。
現状より少しでも楽に、少しでもいいものを。
これまでのやり方を頭ごなしに否定するのではなく、一度は受け入れて手と足を動かし、その身体感覚をもとに自分なりに考え、変えられるところから少しずつ変えていく。その積み重ねが「現在地」なのです。


そして宇野牧場におけるカイゼンが宇野さんの代に限ったことではないことは、古い牛舎が物語っています。

牛舎をよく見ると外壁や屋根が切り替わっている箇所をいくつも見つけることができます。増改築を繰り返したあとです。最も古い部分は築50年。その後、時代の要請に応じて建て増し、牛を増やして経営規模を拡大してきました。
「牛舎として使われる前は馬小屋だったと聞いています。50年どころかもっと前の話です。この牛舎は入植からの歴史そのものなんです」。

かくいう宇野さん自身、子どもの頃は牛舎の2階でバスケットをしたり(1階にいた牛たちはさぞかし驚いたはず)、先代が搾乳する横でバイクいじりをしていたそう。
搾乳室としての役目を終えた古い牛舎は現在、生まれた子牛のための育成舎として改築中だとか。
宇野牧場を見守ってきた牛舎に、また新たな命が吹き込まれようとしています。


牛舎に刻まれた増改築の継ぎ目は、生き残りをかけた挑戦の歴史。
「受け継ぐとは、変えること」だと、古い牛舎は教えてくれます。
そして「変えるとは、過去を捨て去ることではない」と宇野さんの歩みが教えてくれます。

これからも牛舎に手を加え、未来の酪農を切り拓いていくのでしょう。
クールな笑顔でもがきながら。

「Cho-co-tto」の誌面でもご紹介したとおり、宇野牧場では現在、牛乳のオーガニック認証に向けた取り組みを進めています。2020年2月にはオーガニック牛乳の販売開始を予定。
宇野牧場のオンラインショップ等でお求めください。

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