第6回 自分の目で。自分の手で。自分の心で。(ニセコ髙橋牧場)
コープさっぽろが昨年発行した本『挑む農業』。
このコーナーで先にご紹介した“白糠酪恵舎”とともに掲載されているのが、同じく第10回農業賞のビジネスモデル賞を受賞した“ニセコ髙橋牧場”です。
いち早く6次産業化に着手し、チャレンジを続ける同牧場が大切にしてきた「3つの理念」をひも解きます。
取材・文/青田美穂
撮影/石田理恵
本質と時代を見抜く「目」
生産者(1次産業)が、食品の加工やブランド化によって価値を高め(2次産業)、流通・販売を行う(3次産業)ことを“6次産業化”といいます。
1997年、ニセコ髙橋牧場はアイスクリームの製造販売を行う「ミルク工房」を設立。ここから自社生乳を使ったオリジナル商品やスイーツの開発をはじめ、レストラン事業への進出、チーズ工房とピザショップのオープンなど多角的な経営を展開し、北海道の6次産業化のさきがけとして地域の雇用にも大きく貢献してきました。
牧場が歩んできた道のりは、常に順風満帆だったとはいえません。髙橋守さんは自分の代で酪農専業にシフトしたものの、どれだけ頑張っても牛乳の買い取り価格(乳価)が上がらず、加えて牧草にまいた肥料が原因で大切な牛たちを次々と亡くした時期も。当時は現実に絶望し「牛飼いをやめよう」と思い詰めたそうですが、自分を信じることを諦めませんでした。
『自分の目で』。
良質な牛を見極める自らの目に賭け、酪農家人生・最大の勝負として高額の乳牛を購入。のちにこのスーパーカウが、牧場経営の窮地を救うことになります。
牛乳の価値を直接届ける「手」
髙橋さんは次の一手へ打って出ます。「一生懸命育てた牛の良質な乳をしっかり評価してもらいたい」。その他大勢の牛乳ではなく、髙橋牧場自慢の牛乳をお客様に直接届けたい。23年前のアイス工房の設立、いわば6次産業化はこうした思いから始まりました。
第一弾のアイス、第二段ののむヨーグルトを皮切りに、シュークリームやロールケーキ、バームクーヘンなど多彩な商品が揃っていますが、いずれも一貫しているのは
『自分の手で』。
製造メーカーにまかせず、ニセコ髙橋牧場の商品は自社で製造。原点である牧場は現在、髙橋さんの長男が、洋菓子製造は次男が、そしてショップやレストランなど全体は長女夫妻が担当し、原料となる生乳の生産だけでなく商品の製造も自分たちの手で行っています。
一番大切なのは変わらぬ「心」
未来へつながる酪農業の理想形として、髙橋牧場の経営スタイルにはたくさんのヒントがありますが、完成されたビジネスモデルをなぞったのではなく、むしろ「人間くさく泥くさく」の道を歩んできました。迷い、悩み、決断を迫られる局面で指針となったのは
『自分の心で』。
その一番が「お客様のために」という思いです。アイスを食べたお客様から「お持ち帰りできる商品もほしい」と言われれば、のむヨーグルトやスイーツを開発して販売。牧場を訪れた方から「地元のおいしいものが食べられるお店を教えてほしい」という声を受ければ、敷地内にレストランをオープン。
牛乳を生産する牧場から、いつしか“食べる”、“買う”、“体験する”が揃うテーマパークのような牧場へ。すべては「来てくれたお客様に、心から喜んでもらいたい」という思いが出発点であり着地点となっています。
「できるかできないかは、わからない。だけど、やろう、やりたいという思いを抱き続けていると、いつか必要な出会いに結びつく」というのが髙橋さんの持論。たくさんの壁にぶつかりながらも、挑戦をやめなかったからこそ辿り着いた“今”は、偶然ではなく必然です。
そして今年また新たな、大きな挑戦が始まります。それは兼ねてより念願だった「牛乳の販売」。
生乳本来の味わいを感じる牛乳をお客様に飲んでもらえるようにすると同時に、生乳を加工し、今後新たな付加価値を付けた新商品の販売も計画中だそう。
「他のお店のことも一生懸命勉強させていただき、お客様に喜んでいただける商品の開発に取り組んでいきたい」と髙橋さん。目と、手と、心で。これからも一歩ずつ確実に、夢を形にしていきます。